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つぶやき | 2008/10/14(火) 03:36
古来にはエーテル宇宙論という物が存在した。
宇宙はエーテルという見えない物質で満たされ、光はエーテルを媒体として遷移していくと言う論だ。
今ではアインシュタインの確立した光の粒子論によって無用の理論とうち捨てられた理論である。
それは、光を媒体するためにエーテルを必要としないと解したからに他ならない。
しかし、宇宙にエーテルが満ちているということが事実と異なるかと言うことはまた別の話である。
とはいえ、実際の測定で、エーテルのような”物質”が満ちていないことは検証済みである。
私は今回、エーテルのような物質ではなく別の存在が満ちているのではないかと提唱してみる。
等と大仰な前口上を述べておいて、全く持って身勝手な話であり。
久しぶりの更新ではあるが。
唯の机上の空論、妄想の類であり、科学的な話とは言えない。
SF考察の一つだとして考慮しておいて欲しい。

先ず、全ての始まりとして。である。
宇宙の始まりと、宇宙の外について。
無である。
と言うのは中学の理科教育で宇宙を説明するときの教師による常套文句である。
これが本当か否かは議論があり、観測もされていない理論立ててられてもいない。
しかし、他に考えるとして、結局は最初は無である以外なにがあるというのだろうか。
私には正しいと感じられる候補がない。
それ故に、宇宙の外園は無であると言う論を採るとする。

さて、仮に宇宙が無であるとするならば、である。
宇宙と無との境目はあるのだろうか。
例えるならば、宇宙は水の中の気泡か、風船の中であるか、と言う話である。
西洋画か、日本画かと言う噺でも良い。
風船ならばいつかはぜるのだろうと考える。
また、宇宙の開始以前に宇宙を囲う膜が既に存在していたと考えるしかない。
それならばいつどうして存在していたのか、有の存在の問題となる。
そのため、宇宙と宇宙の外園の間に膜は存在しないと考えたい。

さて、そうした場合に、宇宙の外園である無と、宇宙の主成分である真空は接していることになる。
真空は有であるか無であるか。
私の印象的な話であれば無である。
何もない、それが真空である。
一般的な理解で言えばそうなるであろう。
しかし、もちろん、科学的な観測では有である。
そのようなデータが出ている。

そうでなくても、無に接する存在として、無であるわけでないと考えるのが妥当だろう。
宇宙が存在するのならば。
宇宙がビックバンとインフレーションにより広がり、それが真空によって構成されていると言うのを考えるならば。
真空は有である。

さて、真空が有であるとするならば、真空とはなんであろうか。
物質であろうか。
否でないか。
物質だと考えるならば、とすると。
最小の存在があるということである。
素粒子にしろ、クオークにしろ、物質として構成する、一塊が存在するべきなのである。
物質が存在するときにその最適な形はなんであるか。
それは明確であり、球体である。
なぜならば、その存在が他から最も影響を受けない形と言えば球が理想だからだ。

しかし、しかしである。
球体が最小の存在であるならば、当然の理解として。
その粒子と粒子との間には空間が存在することになる。
それは卓球のボールを並べてみれば一目瞭然であろう。

原子と原子の間、電子と電子の間にも真空が存在する。
と、考えることが出来ないだろうか。
その場合、真空というのは既存の物質とは違う存在ではないかと私としては考える。
つまり、点として存在できる物ではないではないのか。
目に見えず、全てに染み渡っている物。

その場合考えられる物として、既に知られている存在の中で考えるならば。
宇宙は真空はエネルギーで満たされているのではないかと私は提唱する。

真空はエネルギーを内包する存在である。

物質は相対性理論のE=mc2に記されるようにエネルギーの表現系の一つとして考えることが出来るのではないか。
エネルギーが基本であり。
その一つの示される形として物質という存在を形作るのではないかと考える。
全ての存在はエネルギーによって規定されるのではないか。

もし仮に、真空がエネルギーを内包する存在であり。
一定の空間に存在できるエネルギーが一定だと考える場合。
速度が速くなれば成る程。
全ての物質のエネルギーは高くなり。
ある一定の空間におけるエネルギーは限界に近づき、制限が加わってくる。
これがE=mc2の原理。
つまり、速度が速くなれば成る程、エネルギーが必要となる。
外から観測する分には、速度が速くなり多くの空間を過ぎるために、一定の空間での示されるエネルギーは変わらず。
内で観測する分には、時間が長くなるために、物質が示すエネルギーに対して、空間が小さくなり。
最終的に、空間に内包できるエネルギー総量としては全体的に変わらないのではないだろうか。

つまり、宇宙はエネルギーがある一定空間において一定であり。
それによって物理現象が定まっているのではないか。
それにより、相対性理論、熱力学方程式が定まっているのではないかという仮説を論じてみる。

まあ、そう言うこじつけによる私的な頭の体操だと、つまらない戯れ言である。
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