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疑問:「おいしいラーメン」は本当においしいのか。
結論:分からない。
理由:「おいしいラーメン」は他人の主観により、
   実際に美味しいかは自分の主観によるが、
   両者に明確な相関関係が認められないため
   実際に食べるまで分からない。

以下この問題を詳しく説明。
「詳しく説明」などと書いておいて、実際に説明する気もなければ必要もなかったりする。
誰でも分かっていることだが、『「おいしいラーメン」は本当においしいのか。』を主語を入れて考えれば明白。


「(記者or雑誌が選ぶ)おいしいラーメン」は(自分にとって)本当においしいのか。


友人が「これ好き~」等と評している料理を「全て」美味しいと思うか。答えは否である。
他人の主観が自分の主観に適用できるわけがない。


と言うわけで、今回は「マスコミ」の「主観」が「一般化(客観化)」されている問題である。
以下、適当に拾ってきた本日のニュースから引用する。


来週に「麻生派」旗揚げ 「旧河野派」解散 izaニュース12/11 20:25
 国会閉会日の15日にも河野氏が出席し総会を開き解散を正式に決定。名称の「大勇会」も消える。旧河野派の衆参両院議員11人はそのまま麻生派の発足に加わるほか、無派閥から数人が参加する見通しだ。


以上のようなよく見る記事である。
さてこの記事の何が問題であるか、以下の文脈である。


見通しだ。


「誰が」見通しているのか?と言う話である。
誰か?記事からは全く分からない。
そして、まるで決定事項のような伝え方でもあるが、確定していない「誰かの一見解」でしかない。
つまり、この「不明な誰かの一見解」をまるで全体の見識、明確な事実として扱っているのだ。
あまりに偏っているのではないか。と私などは感じる。

このため海外では「日本のニュースにはソースがない」等とも言われる。

正直に私の感想を言えば、この文章は怪文章と変わらないレベルである。
何故このような情報をニュースにするのか理解できない。

以上ように、マスコミには出所も正しさも怪しい情報をもまるで客観的な情報であるかのような扱い方をする。

これが記者の個人的見解であっても同じことである。
どれほど偏った見解であろうと「~と見られる。」と書けば、個人の見解が主流のように受け止められる。

翻って、「おいしいラーメン」である。
これも怪文章のたぐいである。
「(記者が感じる)おいしいラーメン」が自分にとって美味しいかどうかは分からない。事実と他人の主観は別なはずなのだ。

しかし、これが「おいしいラーメン」ならば実際問題はない。
「おいしいラーメン」が美味しくなくとも損するのはほんの一部の読者である。
また、誰も、実際には「おいしいラーメン」を本当に美味しいなどとは考えないだろう。多くの読者は写真などを見て自分が「美味しそう」と感じるかを重視していたりする。

しかし、これが新聞の記事になると途端に、この「怪文章」をその通りに受け止める人たちが増える。
また、その影響力も一雑誌の一コーナーと比べ甚だしいものである。

以上の事実を鑑みるにマスコミは最初から、購買者を騙そうとスタンスで報道している。
我々、受け手が注意して読み解くことが重要である。
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