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私は、募金には金を出さない人間である。
河川に投げ捨てることはあっても、見知らぬ人間の助けには使わない。
無償の愛を求めているのが大嫌いだからだ。何か働くなら金を払っても良い。


して、どうやら、最近「死ぬ死ぬ詐欺」なるものが騒がれているらしい。
特に、さくらちゃんを救う会の募金が問題になっているようだ。
ニュースサイトを巡って気に掛かったので纏めサイトに目を通してみた。

さくらちゃんを救う会
死ぬ死ぬ詐欺まとめサイト

「~を救う会」と聴くと、アザラシの「タマちゃんを救う会」等が思い出され、どうにも空寒い気持ちになる。
大凡が当人が望む望まないを別に、とにかく救おうという場合によく使われる言葉のような語感がある。

この問題にしても、纏めサイトにしろ救う会にしろ両親にしろ、周りの大人が騒いでいるだけで当人の声が全く出てこないことが一段と空寒い気持ちになった。
まるで、高校野球で騒いでいる大人達のようだと感じる。


さて、まとめサイトには目を通してみたが、この募金が詐欺であるかどうかは分からないだろう。
詐欺自体、「騙すつもりはなかった」「足りなかったので使ってしまった」と言えばそれまでの話だ。
もしかしたら金儲けの一助になる知れない、しかし、もしかしたらならないかも知れない。
そう言ったところだろう。
それは、個々人が自分の損得との兼ね合いで騙される覚悟で出せるなら出せば良い。

両親に金を搾取さる可能性があろうが、患者が助かる可能性が高いとは言える。

しかし、両親や救う会は求める側としての努力と誠意が足りないことは確かだろう。
自分たちがどれほどの出費や努力をしているか、それが分からない。
「両親がこれだけ苦労している」ということが分かれば募金に賛同する人も増えるであろうに、それをしないことは考えが足りないとしか言いようがない。
もしくは、苦労していないのかも知れない。

この世に、「金をください」と言って金をくれる人は中々いない。
募金とはそれをしようという、ことなのだ。

ならば、自分が出来る限りの努力で願い出なければならなくなる。

この方々は「人の命は無償で助かるべき」と言う無理な信念でも有しているのかも知れないが、そのような理想主義では怠惰な募金にしかならないのではないだろうか。

まとめサイトなどに目を通して考えるに、
まとめサイトと両親の両者とも「上田さくらさん」が助かって欲しいのは同じである。
しかし、まとめサイトは上田さくらさんの募金のついでに両親が金を稼ごうとしているのではないか、
殆ど金を使わずに募金しているのではないか、と疑い募金はしたくない。と言う具合である。
両親や救う会は、その人達を「募金しなくて良い」と考えることも正しいだろう。
それで金が集まるなら必要のない努力をすることも無いだろう。
しかし、何が何でも金が欲しいなら彼らが納得する情報を与えるべきと言うことになる。
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