上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
コミュニティ検索 »
最近、また虐めの問題が取り沙汰されている。
自殺者が出た、学校が否定、対応の不手際、教師が虐め
これが報道機関が飛びつく良い理由になった。

さて、今回はこれらが全て合わさったために、
報道され事件化したが、今回の事件ではこれらを同時に語るため曖昧で混乱した議論になる。
これらは別々に語るべきである。
自殺者が出たのに学校の不手際。だから問題ではなくそれぞれで重要な問題なのだ。

さて、今回は虐めで自殺者が出たことに絞らせて貰い、私なりに問題の洗い出しと提言をしたい。

嗚呼、それにしても虐めか。虐め……ね。
嗚呼嫌だ嫌だ、こんなこと話すのは嫌だ。



自殺者が出た。

今回、一番重要視されることはこれか。
虐めの結果自殺者が出た、これは色々な議論をうむ。

さて、話は変わるが日本の自殺者は年間3万数千人。20歳以下では年間600人程である。今回の自殺者はその内の一人、二人となる。
さてさて、他の598人程度の人間はどのような事情で死んだのか。

話を戻すが、虐めの結果自殺した。
遺書で自殺者はその旨書いている。
これが問題である。
まず、虐めによって結果人が死んだが、これが殺人と捉えるか否殺人と捉えるか、それによって立場が大分違う。また、自殺者への考えも全く違う、敗走と取るか決断と取るかによって態度が変わる。

以下、この問題を二つに分けて考える。



虐めによって起こった自殺は殺人か否か。

まず、間違いなく遺族は殺人と考えている。
遺族の虐めた教師に対する態度は犯罪者へのものと同じであり、それが裁かれないことへの憤りもある。

また、以下のような意見もある。
[#16] (ZjYyODk1) 俺は被害者の名前よりもいじめに参加した生徒と教師の名前が知りたい。安全な場所から他人を攻撃する連中には怒りを覚えるから

[#25] (N2U1MjU0) 今度は教師が吊る番かねゲハハ
[#26] (ZmRhMWIz) 自主的に吊らねえなら吊るし上げてやらあゲハハ

(from 自動ニュース作成F)
このような意見は、虐めた側=凶悪犯罪者という意識からくる。

逆に、虐めた側や学校は殺人では無いと捉える側である。
むしろ責任の一端はあれど、犯罪者でもないと言う考えさえもあるだろう。
これは、学校が教師を虐めと因果関係不明として処分を下さないのはそれが現れている。
また、虐めた側はこう語っている。
自殺当日、生徒が死にたいと漏らしたのに対して、「同級生から『じゃあ死ねば』と言われたらしい」と話した。

(from asahi.com)
次に続く言葉としては「本当に死ぬとは思っていなかった」と語るところだろう。つまり自分自身の行動で人が死ぬと思っていなかった。

さて、虐めによる自殺は、殺人であるか否か。
これは、非常に複雑な問題だろう。
何故か、虐める側が複数であり、殺意を持っていないこと、そして虐めによる自殺が異常な行動(数的少数派と言うことである。)であることだ。
「虐められて自殺を選ぶしかなかった」ならば虐めた側は殺人だろう。しかし、一般的には自殺する方が圧倒的に少ないため、自由意志で自殺したと判断されても仕方ないのだ。また、複数人での暴行の場合過失致死に成る場合もあることから、総合した場合は凶悪な行為だが一人一人の虐めは少なかったとなると、一人一人が殺人の行為であったとは言い難い。

しかし、自殺には関与した者に対する罪が幾つかある。
その一つに自殺教唆罪と言うものがある。
これは、以下のような法律である。
自殺の決意を抱かせることによって人を自殺させた場合に自殺教唆罪となる。

同級生の『じゃあ、死ねば』等は、まさしくこれに当てはまる。
また、虐めの事実を調べれば、暴行罪、傷害罪、脅迫罪、強制猥褻罪、教師ならば名誉毀損罪、侮辱罪などが虐めた側の犯罪に成るだろう。
つまり、虐め及び、虐めによって起きた自殺は殺人ではないが犯罪である。

さて、ここまで虐める側の犯罪行為を書き連ねて疑問が起きないだろうか?
「何故虐めた側が犯罪者と成らないのか?」である。
くだんの教師などは自殺との因果関係不明として処分も受けない。
この問題は、その犯罪が軽犯罪若しくは親告罪であることに起因する。単純に言えば、警察が捜査し逮捕しないのだ。
つまり、結局は犯罪者として扱われないと言うことになる。
もし逮捕され判決が出ようと、マスコミの報道すらないだろう。
これでは、虐めはしただけ得とも言えてしまう。

さて、ここまで書いて浮かび上がってきた問題は虐めから起こる自殺に対する現状の罰則規定が低さではないだろうか。
明らかに、犯罪ではあるが、犯罪を犯したリスクが低すぎる。
これでは、刑事罰が犯罪を抑制する意味を全くなくしている。

なので、もし私が、虐めを少なくさせる解決策として一つ提示するならば、自殺した虐めに関わった者への厳罰化だ。
自殺した者が虐めを苦にして自殺したと明確に示した場合、虐めに関わった者を刑事罰の対象として捜査することを提言したい。

虐め自体を厳罰化するわけではないが、自殺まで追い込むような虐めを減らすことが出来るのではないだろうか。

近年、危険運転致死傷罪という新たな法律が出来た。
これは悪質な道交法違反により人を死なせた場合は厳罰化されるというものだ。
ならば、自殺教唆罪も、虐めなど悪質な場合は厳罰処分されると言うのも考えられる対応ではないか?

因みに、私は虐めた側は過失致死位の犯罪だと考えるが、人それぞれだろう。



自殺への考え方。

さて、いじめを苦にして自殺をすることへも色々と意見がある。「敗走」つまり負け犬や最低の行為と捉える人間もいれば、「決断」つまり一つの勇気や仕方なしと捉える人間も少数ながらいる。

自殺は負けであると考える人には以下のような意見がある。
弱い奴は淘汰される、これ自然界の法則

自殺する子が一番悪い(by トミーズ雅)

また、私の知人ではあるが、
死ぬなんて馬鹿、どうせ死ぬならやり返せ

と語る人も居た。
上二つのような意見は少なくとも、「死ぬぐらいならやり返せ」「死ななくても登校拒否でも……」等と考えた人は少なくないのではないだろうか。

逆に、自殺も仕方無しと考える人は少ない。
あって、以下のような意見ぐらいである。
虐めた側が悪い、自殺した子は被害者。

当人の事情が分からない以上それは仕方ない、他人が否定は出来ない。

つまり、消極的賛同。

因みに私としては、その当人が意志を持ち迷い考え決意し決断し行動し実現したことに関して、「負けた」と言うよりは「彼は勝った」だろうと考える。当人が納得ずくで行動しているのに誰が否定できようか。
とか書くと、「自殺を推奨しているのか」等と非難されそうだな。

さて、話がずれたが、自殺に対する考え方の問題である。
登校拒否ややり返せと言う話が出てくるが、本当に出来るかは疑問である。

自殺は一人で決断してやり遂げられることである。

しかしやり返すのはどうか?相手が居る。やり返すことも出来ずにさらに虐められることもある。そもそもどうやってやり返す?
刃物で殺す?爆弾を使う?それを犯罪だと非難するのは大人達だ。
登校拒否はどうか?親が居る。近所の目がある。親を納得させられるか?親に虐めを話すことが出来るか?登校拒否してどう思われるか耐え切れられるのか?
登校拒否だのニートだの引きこもりを非難するのは大人達だろう。

単純に彼にとって虐めをなくすための実行のハードルが低かったのが自殺という方法だっただけのことだ。
虐められ続けるのと自殺を両天秤にかけて、自殺が魅力的に感じれば死ぬ、虐めに耐えられると考えれば生きる。それだけの話である。

そう考えず自殺なんて絶対にしないと言う人がいることは分かる。それは人それぞれだ。
しかし、このように考える人がいるだろう、それも事実だ。
ならばどうするか?
自殺のハードルを上げるか、他のハードルを下げるか。しかないだろう。
世の中には「若者は自殺しやすい」などと言っている人がいるが、自殺のハードルを上げることなど出来ないだろう。
ならば、「やられたらやり返せる社会」か「やられたら逃げられる社会」を作ると言うことだ。
今の社会は実はどちらとも非難されている。
逃げることは何故か理由もなく非難され、「やられたら対話を」と言う言論が(テレビで)まかり通る
周囲の意見を総合すれば、やられたら相手が止めるまでやられ続けろと言う意思表示である。

今の社会はいじめ相談など「やられたら逃げろ」と言う社会になってきているが、未だにテレビでは立ち向かえと言う言論が頻出している。はっきり言ってそれが自殺の一助になっている。
間違っているとは言わないがどちらかで徹底した方が良い。逃げるなら逃げるで、逃げることが褒められる社会にしなくてはならない。
家庭教育や学校の道徳、地域社会で逃げることを正しいと教えていく。
そうしなければ、逃げることをためらう人を減らせないだろう。
スポンサーサイト
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://motiyaki.blog78.fc2.com/tb.php/11-1759e7fb
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
コメント







非公開コメント
プロフィール
 

土方

Author:土方
いつの間にか寒かった。

メール

web拍手
 
ブロとも申請フォーム
 
フリーエリア
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。